High Blood Pressure
血圧治療の是非について世間では議論が広がっています。
血圧は放置しておいた方がよいというような論説が糖質制限同様に流行しています。
EBM大流行の中、怪しげな統計学ではなく常に医学の歴史と病態生理学に戻って血圧治療を考える必要があります。
血圧測定は1905年にロシアの外科医コロトコフが聴診法を報告して以来臨床現場で行われるようになり、そして高血圧の有害性が真剣に論じられ始めたのは1950年頃と言われています。意外と歴史の浅い医学の分野なのです。
1950年代までは最近の高血圧治療反対論のように専門医も含む多くの医師達が高血圧は自然現象であり臓器に十分な血流を保つための代償的な必要なものだと考えていました。しかしながら当時の保険会社は高血圧の危険性に気づいていたと言われています。ルーズベルト米国大統領の病歴が高血圧の自然経過を示す例として文献に残っています。1937年血圧162/98,1940年血圧180/88、そして更なる血圧上昇と共に心不全症状が出現し、1945年、63歳のとき激しい頭痛、突然の意識消失すなわち脳出血で亡くなられています。その後、1950年代になりサイアザイド系降圧利尿薬など新しい降圧剤の登場により高血圧治療の有効性が徐々に認められ1960年代から大きく進歩していきました。そして高い血圧を下げることによる病気の予防と死亡率の低下が認められてきました。高血圧治療は予防医学における現代医学の成功した歴史です。
血圧(blood pressure)とは血液の圧力ですが、血管だけでなく心臓にかかる圧力でもあることも知る必要があります。
血圧は圧力(pressure)という物理的な力です。血糖、脂質のような化学的なものではありません。強い圧力(圧負荷)が絶えずかかれば血管の内側を覆っている血管内皮細胞、心臓の筋肉や弁を覆っている心内膜、そして心筋が傷つき変質し硬くなる(remodeling)事は容易に直感的に理解できると思います。その結果、全身の動脈硬化や心臓疾患が引き起こされます。
高血圧により臓器障害(end-organ damage)が引き起こされる主な臓器として、脳、眼、心臓、血管(大血管細小血管)、腎臓があります。
脳の血管に起これば脳出血、脳梗塞、更に認知症が、心臓の血管に起これば狭心症、心筋梗塞、大血管に起これば大動脈瘤、腎臓の血管に起これば腎硬化症による腎機能低下、心臓に起これば、左室肥大、心房細動などの不整脈、心機能低下(拡張不全、収縮不全)、心臓弁硬化による大動脈弁狭窄症などの心臓弁膜症が発症していきます。頭痛、めまい、肩こりなど症状が出ることもありますが大半は無症状で比較的長い期間を経てこのような疾患の原因となるため欧米では高血圧を沈黙の殺人者(silent killer)と表現しております。
生体のすべての現象は目に見えないミクロの世界から始まり、決定論ではなく確率論で支配されています。高血圧を治療しなかったら100%脳心血管疾患が起こるとか、治療すれば100%脳心血管疾患が起こらないとは言えないのです。血圧治療の是非に関する議論は確率論的視点が欠けています。高血圧の治療も脳、心臓、血管の疾患が発症する確率を下げるためだと考えるべきです。
生理学的には
血圧 = 循環体液量 × 末梢血管抵抗
と考えられています。
循環体液量は、主に血管内の塩の量と心臓の収縮力で決まります。
末梢血管抵抗は、交感神経興奮や寒冷刺激などによる血管収縮で上昇しますが、慢性的には血管が硬くなる(vascular remodeling)ことによって上昇します。
以上より高血圧の病態としては、循環体液量増加型と血管抵抗増加型が考えられます。循環体液量増加による高血圧を放置しておくと徐々に血管が硬くなり血管抵抗が増加して不可逆的な高血圧状態となっていきます。ですから高血圧も糖尿病と同様に早期に治療を開始することが重要です。
高血圧の約90%は本態性高血圧(primary essential hypertension)であり、原因は複雑です。増悪因子として塩の過剰摂取、野菜果物などに含まれているカリウムの摂取不足、肥満、運動不足、喫煙、飲酒などが考えられています。約10%を占める二次性高血圧(secondary hypertension)には腎疾患(腎血管性、腎実質性)、内分泌疾患(原発性アルドステロン症、甲状腺疾患など)、睡眠時無呼吸症候群、薬剤性(非ステロイド性抗炎症薬など)などがあります。
血圧には病院の診察室で測定した診察室血圧と家庭で測定した家庭血圧があります。共に最低でも座位1~2分後の測定が条件です。一般的に家庭血圧は診察室血圧より低値になる傾向があり、最近では家庭血圧を重視する傾向にあります。また家庭血圧測定は、朝排尿後と寝る前の血圧を測定することにより危険であると言われている早朝高血圧や夜間高血圧を発見することが可能となります。
正常血圧は診察室血圧120/80未満(家庭血圧115/75未満)、すなわち脳卒中、心臓血管疾患の危険性すなわち確率が最小であると考えられている血圧です。
高血圧は診察室血圧140/90以上(家庭血圧135/85以上)が高血圧(I度)と定義されています。更に160/100以上(家庭血圧155/95以上)を高血圧(II度)、180/110以上(家庭血圧175/105以上)を高血圧(III度)と分類しています。
正常血圧と高血圧の間の血圧(正常高値血圧、高値血圧)はいわゆる前高血圧(prehypertension)120/80~140/90(家庭血圧115/75~135/85)と考えることができます。
血圧をどの程度下げれば脳心血管病を予防できるのか?1960年頃から多くの研究が行われてきました。最近では診察室血圧130/80未満(家庭血圧125/75未満)すなわち診察室血圧を120台に下げることにより、脳卒中、心筋梗塞、心不全、心房細動などの脳心血管病を予防できる確率が高いことがいくつかの介入研究で示されています。
日本人は特に脳卒中に注意すべきであり、血圧と脳卒中の発症リスクにはほぼ直線的な関連があると言われています。
従って、診察室血圧130/80以上(家庭血圧125/75以上)が続く場合、いわんや診察室血圧140/90(家庭血圧135/85)以上が続くときは食事運動などの非薬剤治療および降圧剤治療も考慮した積極的降圧療法を行う必要があると認識するべきです。
高血圧による臓器の障害を予防し最小限にするためにも早期の治療が大切です。
そして今の時代に生きる人間として医学の進歩の成果であるこの知識を享受できる恩恵に感謝したいと思います。
また心血管疾患の予防のためには血圧、血糖、脂質の中では血圧管理が最優先されます。
そして、前高血圧(正常高値血圧)である診察室血圧120/80(家庭血圧115/75)以上の段階で生活習慣の見直しを行なっていくことが重要になります。
参考文献